
水は単なる溶媒ではない。H₂Oという分子式で表される以上の存在であり、状態によって振る舞いが劇的に変わる物質である。水分子は常に揺らぎ、結合し、離れながら、水素結合ネットワークを形成している。このネットワークは完全にランダムなのではなく、界面や接触物質、電位差や振動の影響を受けて秩序を帯びる。その秩序の度合いによって、水がエネルギーや情報をどれだけ安定して伝えられるかが決まる。この性質は、半導体の本質とよく似ている。
半導体とは、単に電気を流すか流さないかの中間にある物質ではない。本質は、電子の振る舞いが結晶構造や界面条件によって精密に制御される点にある。表面が乱れていればキャリアは散乱し、欠陥が多ければ再現性は失われる。そこで半導体では、ドーピングの前に表面を整え、界面をパッシベーションし、結晶全体の秩序を揃える。そうして初めて、電子は安定して移動し、デバイスとして機能し、歩留まりが上がる。
水にもまったく同じことが起きている。水が何かに接触すると、その周囲に水和シェルが形成される。第一水和層では水分子の向きや位相が揃い、揺らぎが抑えられる。この層は水における界面であり、半導体における表面パッシベーションに相当する。さらに秩序は第二、第三の水和層へと伝播し、水分子ネットワーク全体の応答性を変えていく。この多層化は、水分子に何かを加えているのではなく、水分子同士の関係性を整えている操作であり、機能的にはドーピングと同じ役割を果たしている。
秩序の低い水では、振動や熱、電位差、化学反応のトリガーといった情報はすぐに散逸し、再現性を持たない。秩序の高い水では、それらが減衰せずに広がり、安定して伝わる。これは電子移動度の高い半導体状態と同型である。この意味において、水は情報の通り方が制御可能な物質であり、水は半導体であると言える。
そして、この水を内部に大量に保持し、秩序化された水を前提として機能している存在が生体である。生体の七割前後は水でできているという事実は、単なる組成比の話ではない。細胞、膜、タンパク質、ミトコンドリアといった構造はすべて、水に秩序を与えるための界面として働いている。生体内の反応速度、情報伝達、エネルギー効率は、水分子ネットワークの状態に強く依存している。つまり、生体とは水を使って情報とエネルギーを処理するシステムであり、生体は水デバイスである。
生体の健康状態とは、部品が壊れているかどうか以前に、水の歩留まりが高いか低いかで決まる。局所的に反応が起きても、全体として安定しなければ生命活動は続かない。水の構造化とは、生命活動の基盤となる水分子ネットワークの秩序を整え、生体という水デバイスの動作安定性を高める操作なのである。
水は半導体であり、生体は水デバイスである。この視点に立ったとき、健康、環境、生命の理解は、物質に何を足すかではなく、場と構造をどう整えるかという問いへと転換する。これは水を巡る思想の転換であり、同時に生命を理解するための新しい物性言語である。
